自分にないものをねだるということ

自分にないものをねだるということ

カメラを始めて、富士フィルムに夢中になり、愛する被写体の我が子たちや家族の写真をたくさん撮ってきた。

カメラとの向き合い方は人それぞれで、正直自分自身が満足していればそれで十分。

所詮はおじさんの趣味の世界なのだ。

ただ、時折Twitterのタイムラインを眺めていると、気になる記事や写真が流れてくる。僕自身がたくさんのフォトグラファーをフォローしているからだろう。

その中でも僕が無視できないフォトグラファーがいる。

写真にはそもそも「上手い」とか「下手」ではないと自分では思っているが、その人の写真に対するスタンスや想いのようなものはどことなくその写真から感じ取れているつもりです。

そんな写真から受ける熱量というのか、そういった言葉で表現できない「抽象的なもの」はみんなそれぞれ感じてるんじゃないでしょうか?

いわゆる「なんかいいよね、この写真」ってやつです。

#RyoAnnaBlog

実際に直接やりとりしたことのあるのは数回ですが、Twitter経由で知ることになった#RyoAnnaBlogというブログを運営しているid:RyoAnnaさん。

このブログに掲載されている写真の数々は統一感があり、id:RyoAnnaさんの世界観というか、そういうものを感じる。もう嫉妬するレベル。

僕が感じた印象は「音がない写真」

表現が下手くそすぎて恥ずかしいんですが、そんな印象でした。id:RyoAnnasさんの現像にもよるものなのかもしれませんが、その瞬間の「時間を止めた」ような写真。

クール、シンプル、サイレント、そんな言葉が浮かぶ写真ばかり。

特にモノクロの写真って僕自身が全くと言っていいほど撮らないだけに、いつもドキドキさせられる。

自分にはどうやっても撮れないが、撮れるようになりたいと思う写真。

カメラ・写真カテゴリーでブログなどを運営している方でご存知ない方は少ないかと思うが、ぜひみてもらいたい。

文章も読みやすく、まるでブログが写真集のような参考にしたいスタイルのブログメディアです。




僕の撮りたい写真とは対極かもしれない

僕自身は子供のちょっとした瞬間を撮影するのをメインとしています。もちろんid:RyoAnnaさんもお子さんの写真を撮っているが、僕とid:RyoAnnasさんの写真とは全く違う写真になる。

何が違うのかはっきりとはわからないが、確かに違うのだ。

僕は子供達の笑い声や、泣き声が写真からもイメージできそうな瞬間を切り取る。この瞬間が一番好きだからだ。

そうか、「ないものねだり」なんだ。

僕が撮りたかったのは逆だ。「音が聞こえてきそうな写真」なんだ。

id:RyoAnnaの写真を見て「どうやったらこう撮れるんだろう」と何度も何度も読み返していたら、自分の撮る写真について気付かされた気がする。

ないものねだりなんだな、ということ。

自分には撮れない写真を見て改めて自分自身に気付かされた。

そして自分にないものをねだることは、ある意味自分自身を見つめるきっかけになるんだということも。

最後に

とりとめのない話になっちゃいましたが、今日の早朝に寝ぼけながらタイムラインを眺めていてピンときたので書きました。

写真を撮っていてふと感じる他の作品への嫉妬感。

こういうものに常にモチベーションを頂いてたんですが、「自分らしい写真とは何か?」という自分自身の問いかけに対してモヤモヤしていた部分が晴れた気がしました。

ああ、結局はないものねだりなんだなということ。

自分にないものよりも、自分の両手にあるものを大切にする。

これが僕の写真の楽しみ方なのかなと、キーボードを打ちながら今思ってます。

自分らしく、また家族の写真を撮ろう。

あ、勝手にid:RyoAnnaさんのこと記事にしてすんませんでしたwこれからもブログ楽しませてもらいます。

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